芋太郎が優越感を持つ瞬間、5選
ブログを読んでくれている奇特な方々は何となく分かっているかもしれない。
芋太郎は卑屈である。
非常に性格がねじ曲がっている。
すぐに人を僻み、羨み、嫉み、そんな毎日を送っている。
だからこそ、優越感を得るポイントは逃さない。
芋太郎がハーフ90分切りを狙う大きな理由もここにあるのかもしれない。
そんな芋太郎が優越感を持つ瞬間、5選を思い切って紹介する。
誰も興味がないという大きなリスクを感じながら、それでもブログで公開する芋太郎の勇気だけは認めて欲しい。
ランニング中に意識高い系SNS目的オシャレランナーをあっさり抜くとき
土日の休日に現れる。
人が多く走っていそうな場所に限って現れる。
走力に見合わないオシャレランナー。
芋太郎曰く、意識高い系ランナーたちだ。
走る目的がSNSのランナーたち。
片手にスマホ。
そしてみんながみんな音楽を聞いている。
上下動激しいなよなよランニングフォーム。
ランニングが哲学になってしまっている本物のランニング中毒者であれば、こういうランナーは別に気にしない。
ランニング中毒者たちはもはや悟りを開いている。
「それぞれがそれぞれのランを楽しめばいい。」
などと、本心から平気で口にする。
中途半端ランナーの芋太郎はそうではない。
芋太郎は9月の始めから苦しんでいるのである。
11月後半の小江戸川越マラソンで90分切りを達成するために、血尿を出してまで走っているのである。
中途半端ランナーの芋太郎は、自分より中途半端なランナーを認めるような広い心を持てない。
だからと言って直接「ランニングを舐めるなよ!」とは言えない。
そんなことを言う度胸もないし、芋レベルでそんなことを言う資格もない。
そもそも芋太郎自体がランニングを舐めてるレベルのランナーだ。
ランニングが何たるかも全く分かっていないのは、芋太郎も同じだ。
しかし、芋太郎はやっぱり認めない。
SNS利用の遊ランナーを認めない。
「初めてハーフ出ました!」レベルで趣味欄に「ランニング」と書く遊ランナーを認めない。
そんな遊ランナーたちに対して、芋太郎の陰湿な行為が炸裂する。
前を行くオシャレな遊ランナーをあたかも余裕ぶって颯爽と抜く。
本当はちょっと息が上がっていても、無理にでも余裕ぶって抜く。
抜いてからわざと肩を回してみたりする。
景色を眺めて余裕ぶったりする。
「あっさり抜いてるけどね、こんなペース、俺には余裕なんだよな~」みたいに。
分かってる。
きっと抜き去られたそのランナーは芋太郎など見てはいない。
芋太郎の優越感に浸った一人芝居など誰も見ていない。
ただの空しいオッサンが一人、無理してペースアップしてリズムが乱れているだけだ。
そんなの分かってるが、芋太郎とはそういうヤツだ。
BBQに来た友達の腹が明らかに出ているとき
先日、同級生たちがBBQをしに我が家を訪れた。
一年ぶりの友人たち、半年ぶりの友人たち。
久しぶりの彼らと出会い、芋太郎がまず見る場所は懐かしい顔ではない。
腹周りをチェックする。
誰の腹がどのくらい出ているか。
一番優越感を感じるのが、カッコいいと言われているヤツの腹が明らかに出ているときだ。
そいつの腹を見ながら、芋太郎は自分の腹をなでる。
「よしよし、全然勝ってるね。」と。
腹に力を入れて、自分の腹筋を確かめる。
「よしよし、全然勝ってるね。」と。
芋太郎くらいの年齢になると、わりと同級生たちは腹が出ている。
一見、痩せているように見えるヤツでも腹だけは嘘をつかない。
健康診断で胴回りをチェックされるとき
他人の腹回りを見て優越感を感じる芋太郎は、自分の腹回りをチェックされても優越感を感じる。
そう、健康診断だ。
健康診断でメタボ健診がある。
芋太郎の健康診断は毎年秋ごろだ。
(今年は予約がとれなくて冬になってしまったが。)
まさに芋太郎のランニング期間と重なる。
芋太郎が一年で一番脂の乗ってない時期に健康診断があたるのだ。
胴回りを見せると驚かれる。
「何かスポーツやってるんですか?」と。
この上もない優越感だ。
「いや、ちょっと走ってるだけです。」と。
な~にが「ちょっとだ」と自分をツッコみたくなる。
自分自身では「わりと走ってる」と思ってるくせに、ともう一人の自分が叫んでいる。
「いや、ちょっと走ってるだけです。」
謙遜しながらもカッコつけて優越感に浸るキモいオッサン。
これぞ芋太郎品質。
子供の友達との鬼ごっこで無双っぷりを発揮するとき
世のお父さんたちは子供とのエンドレスな遊びに苦しむと聞く。
ランニング期間後半の芋太郎は子供たちとのエンドレス鬼ごっこはむしろ願ったりだ。
ままごとに付き合わされるよりも100倍マシだ。
以前、妻の実家の近所の子供たちと鬼ごっこをしたことがある。
近所のお父さんも混じっていた。
そのお父さんは鬼になると短期決戦で捕まえようとする。
もちろん、大人は足が長い分、速い。
短距離であれば、それほど学生時代と速さも変わらないと聞いたことがある。
小学生低学年相手なら、短距離勝負なら何とかなる。
しかし、いったん100m超の勝負になると、途端にとんでもなく弱くなる。
ヘロヘロして「もうダメ、ちょっと休ませて…。」となる。
芋太郎はあえて長距離勝負に持ち込む。
同じような距離を保ちつつ、同じようなペースで追いかけ続ける。
子供たちは手ごたえのある鬼が現れて喜ぶ。
芋太郎は子守が軽いトレーニングになり喜ぶ。
ただ、これをずーっと続けると(「ずーっと」と言ってもしょせんは1000m弱だろうが)、子供たちに本気で嫌がられる。
「もう追いかけてこないで!」と言われて鬼ごっこが終わる。
ヘロヘロのお父さんが「すごいっスね」と言ってくれて、何とか少しの優越感を得ることができる。
ちょっと切ない秋の夕暮れ。
「ハーフ出たことあんの?2時間切った?」と聞かれるとき
久しぶりに会う友人たちとの飲み会。
もしくは同窓会。
ひょんなことから趣味の話になるだろう。
そのときに言うわけだ。
「ランニングとか、マラソンをちょっとね。」
フリだ、完璧に芋太郎のフリだ。
もっと踏み込んで来い。
もっと聞いて来い。
「へー、そうなんだぁ。俺もハーフには出たことがあるんだけど…。」
来た!
この流れ!
ナイス!
「俺、二時間ちょっとで完走したんだけど、二時間切れた?」
かかった!
芋太郎の罠にかかったな!?
「二時間は切ったよ。」
タイムは言わない。
あえてそこは聞いてほしい。
ジリジリジリ…さぁそこまでたどり着いてくれるか!?
「二時間切ったんだ~、スゴイじゃん!で、タイムは?」
キタァー!
最高!キミ、最高!
「1時間28分ちょっとだね。」
「マジで!?凄くない!?」
凄くない、凄くない、凄くない、凄くない、凄くない…
き~もちいいッ!
芋太郎がもっとも優越感を得られる場面の一つと言ってもいい。
ある意味、こういうときのためにわざわざ辛い思いをして3か月間走っている。
まとめ
今回の記事は多分に気持ち悪さ満載であっただろう。
コイツ、マジこんなにキモい奴だったのか…
バレてしまってはしょうがない。
でも、自分自身を庇うようで更にキモいと言われると困るのだが、大人になってこんなにも優越感を持てることってあるだろうか。
たしかに他人より年収が高ければ優越感を持てるかもしれない。
良い車に乗っていれば優越感を持てるかもしれない。
豪華な一軒家に住んでいれば優越感を持てるかもしれない。
でも、正直そういうのって笑えないじゃないか。
それこそ、キモいじゃなくて、「いけ好かない」になるじゃないか。
芋太郎の優越感なら「マジでキモいけど、まあ器が小さいヤツでしょうがねぇ~ヤツ。」って多少許してもらえる部分があるような気がする。
ランニングから発生する優越感は、何というか嫌われるリスクが小さいというか。
希望的観測かも分からない。
本当はメチャクチャ嫌われるかもしれない。
でも、このくらいの優越感は許してほしい。
芋太郎なりに頑張って走ってるんだから。