マラソンに取りつかれた人間(ランニング中毒者)には特徴がある。
ダイエット目的のジョギング。
お遊び程度のマラソン大会出場にむけてのトレーニング。
街中を走っている人は意外に多い。
しかし、そのランナーたちに紛れて確実に潜んでいるのが、マラソンに取りつかれた人間、ランニング中毒者たちだ。
彼らは生きること=走ること、とか訳の分からないことを言いつつ、日常のほぼ全てをマラソンに捧げているという変人たちだ。
そんな彼らに関わると、「福岡国際は見た?」「出雲駅伝は見た?」「靴何履いてるの?」などなど、一般庶民には分からない用語を次々に問いかけてくるから疲れる。
しまいにはランニングをすれば人生が変わる、などと選挙演説顔負けの主張を異様な迫力で放ってくるから困るのだ。
そして、彼らのその異様な迫力、異様な自信は時として人を巻き込む。
彼らと関わっていると、なぜか自分もいつの間にかランニングを始めてしまった…、という人もいるから危険だ。
かくいう私もそんなランニング中毒者のランニングゾンビパウダーとでも言おうか、そのようなものを振りかけられてしまったから走り始めてここまで来たのだが…。
それでも私の場合はパウダーは体の3分の1くらいしかかからなかったため、年に3か月しか走らないランニング初心者を保てているのだ。
全身にワッサーと振りかけられてしまえばジ・エンド。
アナタも今日からランニングゾンビだ。つまり、ランニング中毒者だ。
ランニングゾンビになりたくなければ、芋太郎の言うことを聞け。
ランニング中毒者の特徴を把握し、近づかないことだ。
もしくは、「私は決して走りません。」というプラカードを首から下げて付き合うことだ。
さもなければ、アナタも知らない間にスポーツ用品店にいることになるぞ?
①走ることを哲学に昇華している
走ることとは何か?
当たり前だが、足を交互に速く出して前に進むことだ。
英語で言えばrunningだ。
walkingとflyingの中間にあるのがrunningだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
が、なぜかランニング中毒者にかかるとそうではなくなる。
いいか、ランニングはあくまでwalking < running < flying の位置づけなのだ。
われわれ一般庶民はそのように当たり前の価値観として位置付けている。
なのにランニング中毒者はなぜか running=my life になってしまう。
いや、もっと変な中毒者もいる。
running=everythingとか、running=myselfとか…。
冗談のように聞こえるが、running=spaceとか「走ることって宇宙のようなものなんだ。無限なんだ。」なんて目を輝かせて言われても困る。
とにかく話すことだ。
話せばその人がランニングゾンビパウダーを持っているランニング中毒者かどうか分かる。
「なんで走るんですか?」「走るのって面白いんですか?」
この辺りの質問を投げかければ一発で分かる。
常人には理解しがたい哲学臭がぷんぷんする話にきっとなる。
異様に前のめりで、いつの間にか人生論に変わっている。
そしたら目の前のその人は確実にランニング中毒者なのである。
気を付けなければいけないのは、その話に感化されていつのまにか自分もゾンビになってしまわないことだ。
「あ~結構楽しそうだな。ちょっと走ってみようかな。」
なんて思ってamazonでランニングシューズを探していたら、感染していること請け合いだ。
②私服がランニングウェアに侵されている
越生町のベイシアに行った。
駐車場でランニングの短パン、ガチのランニングシューズのお爺ちゃんが買い物袋を提げて店から出てきた。
横にいるおばあさんはいたって普通の格好だ。
完全にランニング中毒者だ。
日常の買い物をこの格好でするお爺ちゃん。重度の中毒者だ。
(そもそも短パンを履くのは、競技者とかマラソン上級者しかいない。正直、ハーフ90分切程度では恥ずかしくて短パンは履けない。)
毛呂山のカインズに行った。
タイツを履いているオジサンがいた。
ランニング用のタイツだ。
靴はもちろんランニングシューズ。
上下はデサントでちょっとオシャレに…。
いやいやいや、それカインズに来るような服装じゃねぇからな!
周り見なさいって。
アンタの目の前にあるの芝刈り機だからな。で、後ろにあるのが除草剤だ。
TPOをわきまえなさいって…。
スキー中毒者がスキーウェアでカインズ行きますか?
柔道中毒者が道着でカインズ行きますか?
相撲中毒者がまわしでカインズ行きますか?
プロだってやらないことをなぜかランニング中毒者は平気でやる。
その格好で探すのは、アディダスとかナイキとかアシックスでしょ?もしくはニューバランスかアンダーアーマーかミズノか?
カインズにあるのはリョービとかケルヒャーとかそんなんだぞ?外に出たってせいぜいタクボかイナバだ。
さっきからアナタがチラチラ時間を確認している時計、明らかにセイコーじゃないし、シチズンでもない。
それはガーミンか?それともエプソンか?
買い物にGPSも心拍数機能も必要ないだろ?
①で言ったように話せば中毒者かどうかは確実に分かるが、やはり感染が心配だ。
そんな人はスーパーやホームセンターで服装を見れば大体分かる。
ランニングウェアが普段の私服に侵食している人は、だいたいランニング中毒者だ。
③箱根駅伝よりもニューイヤー駅伝が楽しみだ
普通、私のようにちょびっとランニングを噛んでいる人間程度なら、箱根駅伝を楽しみにしている。ニューイヤー駅伝は正直オマケだ。
正月2,3日の箱根駅伝を楽しみにしていて、「あ、そういえば今日も社会人の駅伝あったな。」くらいである。
わざわざ朝起きて、第一区のスタートから見なくても「別にいいか」の存在が、ニューイヤー駅伝だ。
マラソン中毒者はどうやら違うらしい。
なぜかマラソン中毒者は、日本中が注目している大学生の箱根駅伝よりも、元旦に行われる社会人のニューイヤー駅伝を楽しみにしている傾向がある。
おそらく選手たちを近くに感じているのだろう。
年齢が近かったり、実際に上尾シティマラソンなどで同じ大会で走っていたり、同じ社会人ということで、いろいろシンパシーを感じる部分があるのだろう。
何というかアイドルで例えれば、箱根駅伝の選手は日本国民誰でも知っている有名アイドル。
ニューイヤーの実業団選手は、マニアだけが知っている地下アイドル。
地下アイドルだから、もしかしたら話ができるかもしれない。握手ができるかもしれない。そんな感覚を中毒者たちは持っているのかもしれない。
では、この要素で見分けるにはどうしたらいいか?
中毒者たちは箱根五区の山の神たちよりも、駅伝職人の松宮兄弟を応援している。少しさかのぼれば帝京大学から安川電機にすすんだ飛松だ。
松宮兄弟や飛松を知っていれば、間違いなくニューイヤー駅伝が好きなはずだ。場合によっては正月元旦から群馬県に行って現地で応援している可能性もある。
そんな彼らはきっとランニング中毒者。
ポイントは「松宮祐行」「松宮隆行」「飛松誠」このあたりの名前を叫んでみて、異様な反応を見せた場合はその人はアウト。ランニング中毒者決定である。