禁酒に効果のある100の言葉

禁酒、断酒、減酒、節酒に効果がある(あくまで僕の場合です)100の言葉を紹介します。言葉と言ってもお酒、アルコールについての事実だったりもします。何をするにも、何を決断するにも、正しい知識をつけるのは、とても大切なことだと思います。お酒をこよなく愛する方(アルコールを常用する方)にとっては、耳をふさぎたくなるような言葉ばかりです。「そんなことないよ」「わたしは違う」と否定したくなったり、目を背けたくなったり、もしかしたら怒りさえ覚えるかもしれません(もしそうなら、かなりアルコールに依存している可能性があります)。そういうわけで、禁酒、断酒、減酒、節酒に関係のない方は、これ以上この記事を絶対に読まないで下さい。不快になることこの上なしです!

出典元「読むだけで絶対やめられる 禁酒セラピー」アレン・カー

(著書の帯)

お酒に依存している人の傾向
太る、不健康、説教をする、肌が荒れる、暴れる、ぐちる、ヨメが舌打ちする、朝最悪、男ウケしない、散財、気が大きくなる

精神力でお酒はやめられない

すべて精神力でやめるのは大変でしょうね。精神力と知識と仕組みが大切だと思います。

たばこもお酒も根っこは同じ

たばこはやめてから、14年目になりますが僕自身は欲求に関してははるかにお酒の方が強いと思います。たぶんアルコールの依存性とニコチンの依存性を比べるとアルコールの方が依存性が強いからだと思います。今度調べてみます。

本当の解決法とは、あなたが「飲酒する理由」または「飲み過ぎてしまう理由」を取り除くことです。

やめる理由を考えていたのでは、飲酒コントロールはどんどん難しくなってしまいます。

飲酒コントロールを妨げているのは、「お酒は社交を楽しむため、ストレスを解消するために絶対必要だ」という思い込み。

誰もが知らず、知らずのうちにストレス解消の道具としてお酒を、アルコールを使ってしまっています。知識がないとなかなかこの事実を認められませんし、自覚できません。

「幸福という名の麻薬」

この薬物がもたらす「幸福感」のとりこになりたいと思いますか?しかし実は、すでにあなたはとりこになっているのです。

これから記事中に、何度出てくると思いますが、アルコールは合法の「薬物」です。それも他の違法薬物と比較しても強い薬物に分類されます。意外にもこの事実を正確に答えられる人は少ないと言います。

飲酒には一点も利点などないのです。洗脳された頭を元に戻すためには、この点を理解してもらわなければなりません。

否定したくなりますよね?いまだに僕も正直なところ利点を探してしまいます。

お酒に利点はないのですから、失うものもないのです。あるとあなたが信じているだけです。

依存度が高い状態での禁酒初期は、あの人ともう飲めないのか。あの場面でもう飲めないのか。ストレスがあった時にー。嬉しい時にー。などなど、喪失感が生まれてしまいます。依存度がだいぶ下がった今でも「温泉のあとのビールが飲めないのか。」や「焼き鳥を食べながら、ビールが飲めないのか。」なんて、いまだに少しは思います。そういう行為といった意味では失っていますね。温泉のあとは瓶の牛乳。焼き鳥と白米だっていいわけです。ビールじゃなくても。

お酒なしでは社交の楽しさが減ってしまう。そしてそれ以上に、ストレスに対処できなくなることを恐れていたのです。お酒は体に悪いと解っていても、「やめよう」と思ってやめると、かえって惨めな気分になってしまいます。

社交の場でお酒がないともたないのは、その社交の場が自分にとってつまらないだけだと今は解ります。本当に楽しい、有意義な社交の場はお酒などいらないのです。そして禁酒することが僕にとっては、まさに「ストレスに対処できなくなることを恐れていた」というのが、本当にあてはまりました。つまり、お酒を薬物的に利用していたということになります。これも「自分は違う」という人が多いですが、誰もが知らず、知らずにうちにストレス解消の道具としてお酒を、アルコールを使ってしまっているのです。毎日20g(ビール500mⅬ)以上飲んでいる依存度が高い人ほど「自分は違う」と否定しがちです。

自分の体を毎日お酒という毒で汚すのをやめただけ

禁酒をあれこれ複雑に考えるのではなく、シンプルに真実を述べた言葉ですね。けっこう好きな言葉です。

お酒は、ストレスと退屈感の両方を紛らわしてくれると思われていますが、それは誤解です。

知らず知らずのうちに、お酒をそのように飲んでいました。言い換えれば、知らず知らずのうちに、アルコールをそのように使っていました。

アルコールは麻薬です。

次の日に羞恥心と罪の意識に苛まれたこと

僕はこれまでたくさん経験があります。すっかりアルコールに依存していました。

大酒飲みは「お酒の力を借りないと何もできない臆病者」くらいしか思われない

痛烈な言葉ですね。でも事実ですね。

強力な毒は勇気と自信を奪う

強力な毒を頻繁に自分の体に流し込むと、健康が損なわれ、エネルギーレベルも下がり、勇気と自信がなくなる

お酒はストレスをなくすものではなく、反対にストレスの原因になるものです。

その通りだと思います。アルコール依存のハイリスク者であれば、理解するのはそう難しくはありません。

お酒を飲めない旅行なんてありえない

まさにそう思っていました。旅行とお酒。以前の僕は、まさにセットで考えるようになっていたのです。旅行先で飲めないのは、寂しい、つまらない、物足りないと思ってしまう方は、要注意ですね。

本人はストレスを紛らわせるのにちょうどいい量を飲んでいると思っていますが、実はお酒がその人の人生を狂わせ始めているのです。お酒でストレスを紛らわせても、酔いが体から引いてくる時にまたストレスを感じ、そのストレスを紛らわせるために、もう一杯、またもう一杯と杯を重ねてしまいます。

お酒のために肉体と精神が弱まれば、人生つまらなく感じるものなのです。

お酒は人を憂鬱にさせる化学物質であり、強力な毒です。人間の心と体を蝕み五感を麻痺させるだけでなく、生き物の本能を鈍らせ、生きることの楽しみを奪います。

神経伝達物質であるセロトニンの低下など科学的に証明されています。アルコール依存症と鬱には密接な関係があるとされています。

飲酒とはゆっくりと苦しみながら進行する自殺行為なのです。

過激な言いまわしですね。

禁酒や節酒を試みる時によくする間違い、それは「二度と飲まない」とか「量を減らす」という目標を定めて、それを達成すればいいと考えることです。

しかし、そのアプローチの仕方は間違っています。そんな方法では、目標達成のために一生、精神力を強く持って、我慢し続けなければならなくなります。

「二度と飲まない」「絶対やめよう」と強い精神力を持ってやめようとすると、前述したようにかえって惨めな気持ちになります。もう飲まなくてもいいんだ」と発想を転換することが大切です。我慢し続ける人生なんて辛すぎるじゃないですか。依存度にもよりますが、僕の場合だいたい2~3週間も禁酒すれば「もう飲まなくてもいいんだ」という領域に入ってきます。つまり飲まない快適さが心の面で定着してくるわけです。飲めない理由を探すのではなく、飲まない理由が優先されてくれば、「もう飲みたくない」という心境に変わってきます。そこまでいくと、「自分がこんな心境になるなんて」と、かなりの驚きがあります。

「正直言って、僕は飲んでも飲まなくてもどっちでもいけるんだよ。」

こういうセリフには「僕はいい子ちゃんでしょう」的な含みがあります。

毎日飲むような依存のハイリスク者からよく聞かれる言葉です。本当にこの言葉はよく出てきます。依存度がある一定になると、面白いようにこの言葉が出てきます。僕の場合、毎日飲んでいた頃は一日休肝日を作ったとしても「正直言って、僕は飲んでも飲まなくてもどっちでもいけるんだよ。」とは思いませんでした。飲酒欲求は正直、やっぱり強かったですから。我慢して飲まずにいました。

「ちょっと一杯」などという一杯はない、ということを覚えておいてください。あったとしてもそれをいつ飲むというのですか。
来年?二十年後?あなたは本当に一生を次の一杯のことを考えながら過ごしたいと思っているのですか?

これからの人生を思う存分楽しんでください!

正直な気持ちを言うと「習慣飲酒」を止めた今でも「次の一杯」のことを少しは考えていますね。もちろん四六時中ではないですが。幸い僕の場合、依存度はだいぶ低下しているので、我慢して次の一杯のことを考えているわけではありません。しかしながら、アレン氏には見透かされてますね。

出典元「酒乱になる人、ならない人」 眞先敏弘

「快楽」の代償としての「依存」

快楽を得るのが困難であるほど、その行動に対する依存は形成されにくいということです。
逆に言えば飲酒や麻薬の注射のように連続した快楽を得るのが容易な行動ほど依存が形成されやすくなるのです。

報酬を得るのが困難であれば困難であるほど、それは価値のある行動と言えるのではないでしょうか。そして私たちは人間としてなかなか報酬が得られない行動にこそ依存するべきなのではないか私は思います。
たとえばボランティア活動のような他人への無償の行動に快楽を覚えるような状態というのは恐らく人間として最も程度の高い精神状態と考えられるわけですが、そこまで行かずとも仕事や趣味の快楽に依存することは、酒や麻薬に依存するよりはるかに私たちの心身にとって有益なことと言えるでしょう。

上記の言葉では「酒や麻薬に依存するよりー」と表現されていますが、これは前述でも少し触れたように合法か違法かの違いです。どちらとも強力な薬物です。その薬物に依存するかどうか、それとも他のものに依存するどうかを言っています。

「花は半開を看、酒は微酔のほろ酔い加減を飲む、此の中に大いに佳趣あり。若し爛漫もうとうに至らば、すなわち悪境を成す」

(花は半開の五分咲きを見、酒は微酔のほろ酔い加減に飲む、此の中に何とも何とも言えぬよ趣があるのである。もし花は必ず満開を見、酒は必ず泥酔に至るまで飲むというのでは、かえって醜悪な境界になる)

 

このような飲み方ができればいいんですけどね。

出典元「危ない呑み方・正しい呑み方」仮屋暢聡

酒好きの脳は壊れていく
よく飲む人は肝臓よりも脳の検査を先に

痔になった酒飲みは、脳の崩壊が進んでいると思え

ブラックアウトは依存症への第一歩

ブラックアウトは4合程度のお酒でも起き、その際に覚えていられるのは、極論すればたった2分ということなのです。

アルコール依存のハイリスク者であれば、毎日じゃないにしろ4合ぐらいのお酒を飲む機会もあるでしょう。ブラックアウト。つまり記憶できない。「お酒を飲んでも記憶がなくなったことがない」という人は本当によくいるのですが、正解は「記憶ができていない」のです。そもそも記憶を失くす前に記憶することができていないのです。

まさか、私に限ってアルコール依存症のわけがない

アルコールとは「エタノール」という薬物である

幸いにして僕はアルコール依存症まではいきませんでしたが、自分自身では問題飲酒を抱え、3~4年前には3回ほど心療内科を受診した経験があります。あらかじめ数種類の内服薬を調べていき、「ノックビン」という抗酒剤を処方してもらいました。
アルコール依存症ではありませんでしたが、その当時の飲み方は「アルコール乱用」と医師に言われました。毎日飲むハイリスク者(アルコール依存症予備軍)に限って、「自分は大丈夫」という意識が強いように思われます。かつては僕もそう考えていたのかもしれません。

アルコール依存症予備軍とは、医学用語では「アルコール乱用」と呼ばれる状態です。アルコール依存症の診断基準は満たしてないものの飲酒によって何らかの支障が生じているにもかかわらず、飲酒を続けることを指します。

アルコール依存症になった人には、「生涯お酒を一滴も飲まないことを選択して、普通の生活を取り戻す」か、
「飲み続けることを選択して、脳と体を壊して死ぬ」か、そのどちらかしかないのです。

前述ではまだ触れていませんが、アルコール依存症は「病気」です。この事実も多くの人が知りません。アルコール依存症はだらしがない人がなるものだと一般的には思われていますが、全く違います。むしろ、生真面目な人の方がなりやすい病気だと言われています。そして完治しない怖い病気です。

依存症とは「コントロールできない」病気です。今日こそはお酒を飲まないでおこうと思ったのに、夕方には飲みたくなって飲んでしまった。

5~6年前まではこんなことはいくらでもありました。「今日は3本まで」と決めたのに、更に飲んでしまうことも多々ありました。依存度が高かった証拠です。

いつもあなたの足元にある、依存症の道

ブラックアウトを起こした人たちの脳は、大量にお酒を飲んだ場合にだけに記憶力が悪くなるわけではなく、少しのお酒でも記憶力が悪くなるのです。

これは本当に実感しました。2合のお酒でも記憶できなくなっているのを感じるようになりました。

アルコールと鬱とアルツハイマーの共通項、海馬の萎縮

ストレスが鬱を招き、鬱が酒を飲ませ、酒が脳を壊す。

アルコールを飲むと脳は委縮し、やめると元に戻る

アルコール性認知症も断酒によって改善した

自分が壊れていることが、わからないのは自分だけだった

出典元「飲まない幸せを手に入れる方法」ASR(アルコール薬物問題全国市民協会)編

まず、「飲めない」ことに耐える段階。

次は、自分から「飲まない」ことを選ぶ段階。

そして飲まないことを基本に新しい生き方をつくっていくうち、最後は「もはや人生に酒を必要としない」段階になります。

酒がありふれている社会の中で、飲まない生活を続けるのは大変なこと。「アルコール依存症です」と言えばわかってもらえる社会、「回復に取り組んでます」と言えば尊重される社会がくればよいのですが、現実はまだまだそうはいきません。

4年くらい前でしょうか。初めて忘年会で飲まずにいると、「何で?」「1杯くらいならいいじゃん」「しらけるだろ」「噓でしょ?!」なんて言われたものです。僕は今では、仕事関係では一切飲みません。その忘年会以来、数名のスタッフも飲まなくなりました。だいぶ飲酒に対しても、選択できる良い時代になってきました。

 

出典元「世なおしトークあれこれ」 三輪明宏

酒の席ではお互い酔っぱらって見せたくないものを見せてしまったり、相手の見たくないものまで見てしまったり、人間関係を築くためにプラスになることは何ひとつないのです。

昔から「酒は百薬の長」と言われていますが、実は大ウソです。本当は「百害あって一利なし」なのです。

こどもの頃は普通に、少しなら体にいいんだと思っていました。

飲み会に誘われた時は、必ず一次会で帰ったほうがいいのです。本当なら、なんの得にもならないのですから行かないのが一番。そして、仕事の話ならきちんと昼間すべきなのです。

酒は中枢神経を麻痺させ、人間を動物的にする。麻薬と同じなのです。

毎年、春になるとお花見フィーバー。場所取りから始まって、桜の木の下で大宴会。花を見るどころか、酒ばかり飲んで大暴れ。宴会が終われば至る所にゴミの山。お花見というのは、歌舞音曲とともに風情を楽しむものであって酒を飲んで暴れるものではないのです。来年からお花見のドンチャン騒ぎは、加減していただきたいものですねぇ。ゆかしい桜が驚くじゃありませんか。

5年前、この著書に出会ってからは、家族との花見でも一切飲まないようになりました。花見は飲むことが目的なっている人が多いですが、その精神状態から脱却して、桜の綺麗さを味わうことができるようになりました。

 

出典元「危ない薬」青山正明

アルコールは最も古く、そして最もポピュラーな向精神物質=ドラッグである。最も古いというのは、温かい場所に放置した果物や穀物は人為なくして発酵し、自然とアルコールを含むようになるからだ。アルコールはドラッグである、というのも、膨大な研究データがそれを如実に裏づけている。
 アルコールの身体的依存はオピエートと同じ、すなわち一番たちの悪いとされるヘロインの禁断症状とアルコールの禁断症状と全く同じレベルなのである。一方、精神依存性と耐性はオピエートより低く、中程度となっているが、このふたつに関しても、ヘロインとそれほどの差はないとする専門家は多い。こうした様々な報告を総合してみると、身体依存性、精神依存性、耐性と、3つの判定基準について全て高水準なあるアルコールは、紛う方なき強烈なドラッグということになる。しかも、アルコールは世界各国で合法とされ、いとも簡単に手に入ることから、社会に与える悪影響はあらゆるドラッグの中でも群を抜いている。

アルコールの常用は、肝硬変、糖尿病、慢性膵炎、胃・十二指腸潰瘍など、全身臓器に甚大な障害を及ぼす。神経系も冒され、末梢神経炎をはじめ、色々な神経疾患が併発される。また、免疫力が低下し、結核、エイズなどの伝染病にかかりやすくなる。さらに、アルコール痴呆と言って、知能の低下を特徴とする老化現象も確認されている。

古い著書なので、上記では「アルコール痴呆」と表現されていますが、アルコール性認知症のことです。アルコール中毒も今では「アルコール依存症」と呼ばれるようになりました。

1週間に4日以上酒を飲んでいる。
中毒になりたくなければ、週3日以内の使用にとどめること。他のドラックも然りである。

この言葉で僕は最終的に習慣飲酒は週3日以内にとどめることに成功しました。

アルコールは有効量と致死量との差が極端に小さく、その比率は何と1:3。
つまり、3杯のワインで〝ええこんころもち〟になる場合、3倍の9杯と飲むと、命にかかわるということだ。
これほど比率の低いドラッグはほかになく、もし仮に、今、こうしたデータを携えてアルコールを認可するよう厚生省薬務局なり、米食品医薬品局なりに願い出たとしたら、パスすることは絶対ありえない。

酒飲みの書いた紀行文を未だに風流と称する馬鹿は多いし、テレビや雑誌では最悪のドラッグであるアルコール飲料の宣伝をガンガン打ち、中毒者をさらに深みにはめるような酒の肴の特集を組んだりしている。
アルコールは法律で認められているのだから、別にかまわないのではないか。そういうことを平気で言う人は、疑うことを知らぬ保守的な性格の持ち主であり、決まって知能指数が低い。
法律の価値とは、それが正しいか否かには全く関係なく、ただ法律だからいう理由で拘束力をもっているにすぎないのだ。
法律があるからそれに従うというのは、どんな不合理なことでも国王の命令には絶対服従という、暗黒時代の隷属と何ら変わりないではないか。

上記をはじめて読んだ時は思わず笑ってしまいました。痛快に書かれている文章です。国が認めているから、勧奨しているから、といって自分で調べることもせずに、それに盲目的に従うというのに似ていますね。そして何か自分にリスクが迫った時に、狼狽し、その後落ち着いたところで、責任の所在を探し始める。

はっきり言って、僕は酔っ払いが大嫌いである。

 

出典元「そろそろ、お酒をやめようかなと思ったときに読む本」垣渕洋一

“お酒のない人生”を選び取ろう

「お酒をやめた自分」を想像してみる

飲まないことの喪失感が大きいのは、アルコールへの依存が強くなっている証拠です。

“シラフ”を選ぶことが世界のトレンド

ソーバーキュリアス
「シラフでいたがる人」「あえて飲まない」

厚生労働省の「国民健康・栄養調査報告(平成30年)」によると、今のにほんでは55.6%の人に「飲酒習慣がない」ことがわかりました。
お酒を飲む人のほうがマリノリティ、つまり少数派になりつつあることがわかります。

飲みにケーションより休憩室でコミュニケーション

「毎日飲む人」は立派な依存症予備軍

認識していただきたいのが、お酒はれっきとした「薬物」だということ。

「ストロング系飲料」は依存症への近道
その正体はお酒というより「危険ドラッグ」といっても過言ではありません。中身は「エチルアルコール+人工甘味料」という組み合わせで、「化学調味料を入れたアルコールのよう」という声もあります。

どんなタイプの人がお酒にハマりやすいのか
「頑固」で完璧主義な人
「いい子」「優等生」と言われる人
のめり込みやすい人

飲酒問題は加齢と共に深刻化する

WHOも警鐘「アルコールは健康障害の最大リスク」

「禁煙」の次は「禁酒」が次世代の常識になる?!

対策は始まったばかりですが、国も世界も“禁酒”に向けて動き出しています。飲酒の知識や健康教育が行き届くことで、今後、娯楽やコミュニケーションの方法もより多様化していくでしょう。

10人依存症者がいれば9人は自分が病気だとは思わず、職場や家庭で役割を果たしている

一度依存症になったら生涯治らないと考えるべき。飲酒を続けて死ぬか、禁酒して回復するかの二者択一

「酒は百薬の長」は酒税のためのキャッチコピー

アルコールの依存性の高さは違法薬物をもしのぐほど

アルコールは「合法の薬」なので、アンフェタミン(覚醒剤)やコカインなどの「違法の薬」と比べて安全で有害性も低いイメージですが、実際は「合法だから安心」という解釈は誤りです。

アルコールが入ると味覚が鈍くなる

これはこの著書を読む前に、感じていたので美味しいものを食べるときは、お酒は飲まないようにしていました。美味しいものがもったいないと感じていました。最上級のすき焼きは、絶対にお酒とは一緒に食べません。

生活習慣病やがんのリスクが低くなる

アルコールを飲まなければ当然ですね。

思考がクリアになる

朝から頭がクリアで、仕事へのモチベーションが上がる

仕事のモチベーションが上がるかどうかは人それぞれだと思いますが、飲まずに迎える朝と飲んで迎える朝とでは快適さが違いますね。更に出勤前に運動をすれば、仕事のスタートダッシュは明らかに違うと思います。「飲まずに、早起きをして運動をする」これだけで他の人と少し差がついたりします。それを毎日続ければ、大きな差になってくる事もあるような気がします。

飲まないで快調な自分をイメージする

逆を言えば、飲んだ後、徐々にアルコールがからだから抜けていく時の不快感や翌日の朝の気だるさをイメージする。そうすると「あーやっぱり飲まない方がいいや」と思ってきます。

禁酒を始めると90日で脳は学習する

目安として約90日ほど続けると、脳が学習して習慣が変わってきます。飲酒が欠かせなかった状態から飲まなくても良い状態に切り替わっていくのです。

持病の痔の著書や趣味のランニングの著書にも、細胞がすべておき替わったりとか、練習の成果が表れるのは3ヶ月後(90日後)みたいなことが書いてあります。

晩酌を待てず、職場を出るとすぐに飲酒する

新橋で働いていた頃は、近い状態でした。上野や赤羽で乗換えのわずか5分間でチューハイやビールを一本流し込んでいました。早く思考を止めたかったのだと思います。

「シラフが幸せ」と本気で思えるようになる

飲む利点などまったくないのだから、飲む必要などまったくないと思える。思考を止めるのは無駄だと思える。むしろ飲みたくないという領域になれば、お酒は完全に卒業ですね。

 

番外編「18年間、髪を切ってもらっている美容師さん」の言葉

「毎日飲んでたんでしょ?それって、アル中でしょ?飲まない僕からすれば、そう見えるよ。」

飲まない人からすれば、そう見えて当然かもしれません。実際は、アルコール依存症までいかない毎日飲んでいる人は、医学的にはアルコール依存症予備軍です。これが事実です。

最後に

今回、この記事でご紹介させて頂いた言葉(もしくは事実)は医師やセラピスト、専門家、芸能人、様々な職種の方々です。ご興味ある方は、著書をお手にとってお読みになって下さい。とても知識がつくと思います。(僕は出版社の者でも何でもありません。)禁酒、断酒中に飲みたくなってしまったり、節酒、減酒中に飲み過ぎてしまいそうな時に、御守り代わりにこの記事を読んで頂けたら幸いです。

良い一日を。

 

 

追伸 タイトルで100の言葉と書いてありますが、9月14日現在で全然足りず80でした。すみません。まっ、無理やり書いてもしょうがないので(言い訳)。よい言葉を見つけたら、少しずつ更新していきます。

【記事:芋太郎ブログ富土通(フドツウ)】