避難勧告に従って避難所に来てみる芋太郎…

災害無縁の地域の避難所に来てみた

台風19号がやってきている。

そして芋太郎は現在避難所にやってきている。

避難所のロビーの一角でテレビを前にしてブログを書いている。

雨の様子、風の様子を見ていたら怖くなって一家5人で避難所に逃げてきた。

近所のおじいさん、おばあさんに囲まれながら気が引ける思いでブログを書いているあたり…

芋太郎はブログ執筆中毒かもしれない!

ランニング中毒者にはなれそうにないが、ブログ中毒者として災害無縁だった地域の避難所の様子を書いてみたいと思う。

避難している人が20人以下とか…

これだけ最大級、最大級と言われていながら、何と避難所に来ている人は20人以下

スマホの警報もウォンウォン鳴っているし、警報を鳴らす行政のパトロール車も走っている。

地域の放送も流れている。

にもかかわらず、何と避難しているのは20人以下…

テレビのニュースでは警戒レベル4はすぐに避難しろ、と伝えている。

芋太郎のホームタウンはずいぶん前に警戒レベル4に到達している。

雨もスゴイ、風もスゴイ…

それなのに、避難所にはわずか20人足らず…

やはり、人間、被害に実際にあわないと実感できないものらしい。

避難してきた芋太郎だって、いまだに「何事も起こらないんじゃないか?」と思いながら、余裕ぶってブログを書いてるわけだし。

というか、避難している人がたくさんいたら、流石の芋太郎でも避難所で悠長にブログを書くことなどできないだろう。

避難所の職員も慣れてない…

災害無縁の地域というのは、避難所の職員の動きからも分かる。

色んな段取りが探り探りといった感じだ。

そもそも今、芋太郎が陣取って偉そうにブログを書いているこの場所も、使っていい場所かどうかが最初分からなかった。

芋太郎が図々しく、「ここ使っていいですか?」と言ったら、快く開けてくれた。

その後、続々とおじいさん、おばあさんが入れ替わり立ち替わりやってきて憩いの場となっている。

飼い猫を連れてきた人もいた。

入口付近で「どうしよう…」という感じで職員の人たちが話し合っていた。

動物OKかどうか、そういうマニュアルがないのであろう。

そりゃそうだ、前代未聞の出来事なのだから。

結果、その猫は玄関待機という結論に落ち着いたらしい。

また、寝たきりのおばあさんを連れてきた方がいた。

移動式ベッドみたいなものをどうしたらいいか。

結局、そのベッドを置く場所がない…。

この記事を書いている今の時点で、芋太郎が来ている公民館の収容人数が限界に近付いているらしい。

急遽、職員の方々があわただしく動いている。

そもそも地域の住民に対しての避難所のスペックが異様に小さい気がする。

これは避難所の職員どうのこうのレベルではなく、市自体が災害に全く慣れてないことの表れではないだろうか。

とにかく、こんな事態はこの地域では前代未聞である。

あり得ないと思っている大惨事が起こらないことを祈る。

暇すぎる…

芋太郎が逃れた避難所にはwifiがない。

幸い芋太郎は自分のスマホがwifi代わりになるので、こうしてブログを書くことができているが。

もちろん、通信量はバリバリ食うのでこの後が怖い。

子供が厄介だ。

本当に子供が暇になる。

絵本がすこ~しだけ置いてある程度。

芋太郎は午後1時過ぎに避難所に逃れてきたが、台風の影響がなくなるまで午後11時とか、そのくらいまでかかる見込みだ。

10時間…

うちのミー坊とシー坊とマー坊が耐えられるかどうか…

ま、避難所はあくまで避難所。

緊急で設置された場所なのだから、子供が楽しめるオモチャがある方がおかしい。

そもそもそれを望む方がおかしいのだ。

子供だけじゃなく、大人たちも十分に暇である。

おそらく今この時点で、この避難者の中でバリバリ活動できているのは芋太郎くらいであろう。

コレもパソコンの力。

そして、スマホのテザリングの力。

人はわがままをどこまでもいうモノだ。

避難者の中に「ここはハザードレベル大丈夫なんですか?不安なまま非難するのは嫌なんです。」とか何とか言う人がいた。

職員の人たちだって困るだろう、そんなに念を押されても。

そのくらい自分で判断しろ、と芋太郎は言いたい。

何があるか分からない世の中なのだ。

今回の台風だってまさかこんなになるなんて、誰も予想しなかったはず。

それに、わが狭山市はこんな大きな災害自体、たぶん初めてレベルの出来事なのだ。

職員だって分からないことだらけだ。

本当に大丈夫かどうか。

本当にここが安全なのかどうか。

そんなの神のみぞ知る、だろう?

じゃあ、この避難所が水没したら「アンタが大丈夫って言ったんでしょうが!」って、その職員をなじるのか?

アホすぎるだろう。

ちょっとは自分で考えて、自分が選んだ選択に、自分で責任を持ったらどうだ。

他には「床が固いからカーペットみたいなのくれる?」とか、「段ボールもっとくれる?」とか。

旅館じゃねぇんだぞ、ここは。

職員の方たちだって、自分の家族を家においてここで働いているんだ。

職員の人たちだって、避難者と同じ危険に身を置いて、その中で他人のために働いているんだ。

この「おもてなしをされて当たり前感」も、災害無縁地域ゆえのものなのかもしれない。

「ここに逃げて来てやってるんだぞ感」

「快適に過ごさせろよ感」

ものすごい違和感を感じる。

0から1を、1から2にする重要性

正直、今回逃げようかどうか結構迷った。

逃げた基準はテレビで警戒レベル4になったら逃げるべし、とやっていた。

そして警戒レベル4にすぐなった。

さあ逃げようと。

そんなもんだ。

正直、いまだに逃げなくても大事だったのでは?と思う気持ちが8割くらいはある。

でも、今回の経験は非常に大事な経験になると思っている。

人間、0から1への行動にはわりとパワーがかかる。

避難したことのない人間はいつまで経っても1歩が出ない。

本当にいざというとき、本当に動き出せるのだろうか。

しかし、1を踏み出した人間にとっての2は違う。

「前もやったから」

この気持ちがあるかないか。

この経験があるかないか。

動き出しが変わるだろう。

今回、避難してみて思ったことは、とにかく子供が小さいうちは大変だ、ということ。

子供があきてしまう。

お菓子とか、おもちゃとか、ある程度必要なんだということ。

そして、カップラーメンを持参したはいいが、割りばしも持って行かないといけない、ということ。

避難所の方に貰えたからよかったものを、いつも貰えるとは限らない。

今回、私の家族は地域の中でもわりと早く動き出せた。

だから公民館で割り当てられた避難場所が畳の好立地の場所だった。

遅く来た人は板床の上のブルーシート品質だ。

このあたりは次回以降の経験として生きる。

何事もなく無事に過ぎればそれに越したことはない。

しかし、避難を経験せずに無事に終わった人。

避難を経験して無事に終わった人。

次回以降の動きに相当の差が出ることだろう。

そして、次回は必ずあるのだ。

自然災害、予期せぬ不幸、平穏無事にこの先ずっと過ごせるわけがない。

人生とはそんなに生易しいものではない。

本日はさすがに記事をいくつも書くことはできない。

いろいろ精神的余裕がない。

まあこんな状況でもブログを書く時間を作った自分は、さすがランニングブロガー!と誉めてやろうと思う。