4分30秒の世界を不正に体感する日曜の朝

ふと思う、ランニング中毒者こそこの状況でランニングを辞めるのでは…

このコロナ禍でランニングを始めた人も多いようだ。

まあ、おそらくその大半はすでに辞めてしまっているようにも思ったりするのだが…

(明らかに4,5月よりも遊ランナー、ダイエッターらしき人がこの埼玉の片田舎、狭山の畑道でも減ったのだ。)

一方でランニング中毒者(ラン中)の人たちはどうなのだろうか?

私は決してラン中ではないが、それでも小江戸川越マラソンが中止になったと聞いて、一気にランニングへの熱は冷めた。

(一方で「今年はもう追い込まなくていいんだ、やったー!!」と心の内で換気の叫びをあげた。」)

ランニング中毒者の方々のランニングの目的とは何だろうか?

もちろん、健康のためなどではないはず。

むしろ、健康を害すほど走っているのだから。

ランニング中毒者の健康を害す原因のランキング1位はおそらくランニングだ。

彼らの目的は、やはり記録ではないだろうか。

大会に出て自分が目指すところの記録を更新する。

速さを目的とする人が多いだろうが、歳や回数を目的としている人もいるかもしれない。

〇歳まで走り続ける、1年に〇回大会に出る、そういう目的の人もいるかもしれない。

そういう人は、このコロナ禍で多くの大会が中止になってしまい、モチベーションはダダ下がりになったのではないだろうか。

ましてやラン中のなかには、記録や速さを超えて「走ること=生きること」みたいになってしまっている人もいる。

ただ、その人たちも根底には自分の生きている証明として大会の記録がやはり必要だったりすると思うのだ。

だから「走ること=生きること」レベルまでなってしまっている人ほど、この状況は辛いものとなっているのかもしれない。

自分の生きることの証明を体現する場が失われているわけだから。

いや、本当のラン中はそうではないのか。

またいつか、己の生きざまを体現するときが来るまで、今はじっと耐えて、そしてその耐えたこの期間の生き様を見せつける、一年後になるのか、二年後になるのか、そのときのためにやはり走り続けている、そんなところなのかもしれない。

まあ、いずれにせよ、似非ランナー芋太郎には全く分からない世界だ。

4分30秒の世界を不正に体験する芋太郎

さて本日のランの記録。

まあ日曜の朝なのでサラッと短くいった。

これから3人の幼子たちと休日の格闘をせねばならないので長い距離を走っている訳には行かない、と一人で言い訳を呟いて楽をした。

今年の芋太郎的目標の1つに10㎞をキロ4:30で走るというのがある。

ずいぶんと中途半端な目標だな、と70%くらいの人が突っ込んだと思う。

今日はそのスピード感を1キロばかり体感してみた。

3㎞~4㎞地点だ。

ラン中の方はすぐに気づいたと思う。

コイツ、不正しやがったな!と…

4:31の隣の隣

高度下降13m

結構な下り坂使ってんじゃねぇか!!

その通り。

下り坂を思いっきり使って出してみた。

不正にも出した記録だったが、相当苦しかった…

いや~、毎年コレよりも速いスピードで11月後半には21㎞を走り切るんだから、芋太郎もそれなりにやっぱりすごいヤツなんだな~と他人事のように思ったりもする。

同時に、実業団の選手でもないのに年がら年中、キロ4分前半の走力を維持している人たちとかってやっぱり頭おかしいよね…と改めて思う。

敬意をこめて言わせていただく。

やっぱりランニング中毒者の人たちはスゴくおかしいと思う。