なぜランニングを続けられるのかという芋太郎に対する愚問

なぜ芋太郎さんはそんなにランニングを続けられるんですか?という愚問

そんなに頻繁ではないが、たま~に聞かれる。

「なんでそんなにランニング続けられるんですか?辛くないんですか?」

愚問過ぎる。

なぜ愚問なのか?

辛いに決まってるだろうが!

ということが第一点。

そして、もう一点。

そもそも私はランニングを続けていない。

3か月でやめる。

たかだか3か月しか走らないヤツ、しかもそこまで走るのが好きでもないヤツにこんな質問をぶつけてくるとは…

それはにわか英会話教室通いを1カ月程度しかやってない英検4級レベルの人に

「え~っ、〇〇さん、超すご~い♪なんでそんなに勉強できるの~、真面目~♪」

と言ってるのと変わらない。

こんなこと言われても困るだろう?

私は絶対に嫌だぞ。

そんなわざとらしい誉め言葉に易々と引っかかって

「将来とか考えたらさ、やっぱさ、色んな人と話したいじゃん?やっぱりその方が世界広がるじゃん?自分の枠っての?決めたくないじゃん?」

とか、浅い意識高い系ひけらかすのは。

それこそ頭悪い系だと思われるだろう。

私はランニングは決して続けない。

しっかりきっかり3か月でやめる。

令和1年の11月の最終日曜日、小江戸川越マラソンを走ったらどんなことが起ころうとも辞める。

そして令和2年の9月までは走らない。走りたくない。

こんな辛いこと、なんで一年中やらなきゃいけないのだ?

私はランニング中毒者ではないのだぞ?

絶対に辞めると決めていれば少なくともそこまではやる、という理屈

とここでふと思う。

仮にランニングを3,4日で終わらせてしまう人たち。

私程度の人間を「続けている」呼ばわりする人たち。

続けようとしなければ、逆に続けられるのではないか?

「絶対に辞める」と決めていれば、少なくともそこまでは続けるのではないか?

たとえば芋太郎は11月最終日曜日で、絶対にランニングを辞める。

ということは11月最終日曜日までは絶対にランニングを続ける覚悟を持てる。

わりと何でもこの理屈が当てはまるように思う。

皆さん、受験だってそうだっただろう?

3月初めの高校受験が終わったら勉強なんてやめて遊びまくろう!

青春時代の皆さんを思い出してほしい。

受験が終わったら遊びまくるが、少なくとも受験までは勉強をしたんではないか?

仕事だってそう。

一つの会社で勤め上げている殊勝な方は除くが、会社を円満退社したことがある人なら分かるはずだ。

出勤最終日が決まってしまえば、少なくともそこまでは一生懸命頑張る。

そう敢えて終わりを決めてしまった方が、案外そこまでは人間頑張って続けるような気がする。

全くもって芋太郎独自の意見なので話半分に聞いてもらえばいいのだが、少なくとも何事も2,3日しか続かない意志力がモヤシ並みの人にはちょっとは説得力があるかもしれない。

たかだか3か月しか我慢できない人間が偉そうなことを言ってしまった。